第60話 「やっと会えましたね」


日本最初の本格的コーヒーハウスの設立者、鄭永慶先生のお墓を探しにシアトルまでやってきた

今、こうして珈琲を楽しめることに対し、先生に感謝の意を捧げるために.....

偶然が重なり、多くの人に助けられ、とうとうここまでたどり着くことができた

あと少し、あと少しでお墓が見つかる....

(鄭永慶先生の功績については、倉敷珈琲物語第27話〜30話を参照ください)


 

 

ジェームズさんの車は、道をはさんで向かいにある墓地へと入っていった

こんもりと茂ったアプローチの植え込みの中に、レイクヴュー墓地の名前が見える

 

 

ゲートを抜けるといわゆる日本の墓地とは違った、美しく荘厳な光景が目に入ってきた

 

 

晴れ渡った青い空

きれいに刈り込まれた緑の芝生

まるでフェアウエーの中に、オブジェを並べたような印象だった

 

約100m弱走っただろうか.....

ジェームズさんの車が止まり、道の左手に入っていく

すぐ後ろに車を止め、後を追った

 

さわやかな風に枯葉が舞っている

どこからか小鳥のさえずりも...

 

「これじゃ〜ないのか? ありましたよ!」

ジェームズさんの声

 

<あったのか?>

いそいで彼の示すお墓へと向かう...

 

きれいに刈り込まれた芝生の中、ひっそりと少し沈んでいるようにそれは見えた...

自分でも不思議だったが、焦る気持ちとは裏腹に足取りはゆっくりと...ゆっくりと...

 

 

これか?

 

 

夕日が演出する長い木陰の陰影が美しい

 

やっと会えましたね

はじめまして、タカシです

こんなにきれいな場所で、こんなにきれいにしてもらってるなんて、安心しましたよ

風に舞う枯葉をどけようかと思いましたが、やめておきます

だって、仲良く、暖かく、包み込まれているようなんですから...

そうなんでしょう?

永慶先生! 先生の描いた珈琲の文化はたしかに日本に根付きましたよ...

先生の理想とは違ってるかもしれませんけど、でも楽しく、おいしく珈琲を楽しめる

そんな日本になりましたよ

ありがとうございました

 

こころざし半ばにして日本を離れなければならなかった口惜しさは、いかほどだったことでしょう?

日本を代表する頭脳と野心を持ちながら、時の運命のいたずらに翻弄されたのですね

 


珈琲の歴史と文化を尋ねて旅を続けてきましたが

先生の存在を、どうしても日本の珈琲好きの人たちに伝えたくて...

そして直接先生に会ってお礼が言いたくて、ここまで来てしまいました

 

やっと会えました

今、久しぶりに心が震えているのがわかります

熱いものがこみ上げて来ます

大きなエネルギーを感じます


来てよかった!

何か大きなエネルギーをもらえたような気がします

 

ありがとうございました

また、来ます...必ず来ます

それまでゆっくりと眠っていてください

 

やすらかに.....

 



気が付くと、すっかり日は沈んでいて、既に薄暗くなっていた

どれくらいお墓の前にたたずんでいただろう?

経験したことの無い、不思議な居心地の良さの中、時間を忘れた

うまく伝えられないけど、不思議な暖かさに包まれた、そんな感じだった


こうして私のコーヒーロードの旅は終わりを告げた

 


 

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