| 「ここから車をチャーターして、山奥の村まで行くよ!チョット待ってて。すぐもどる。」
 アベベはそう言い残して町並へと姿を消した。しばらくしてアベベは四輪駆動車を運転しながら私の前に現われた。
 「さあ行こう!もうすぐね!」 「よっし行こう!ありがとう。」自然とお礼の言葉が口をついた。 アベベがいなかったらどうなってただろう。はたして無事ナチュラルコーヒーにたどり着けたか?...偶然とはいえアベベとの出会いをアフリカの神様に感謝した私であった。
  突然周りの畑の色が変わった。遠くから見ても土が肥えているのがわかるほど湿気を含んだ枯れ草が覆い尽くしている。 
 徐々に見えてきた家々は、町のトタン屋根の家とは違い、丸い形の藁葺き屋根である。
 
 目の前を少年が全速力で駆け抜けた。
 
 
 信じられないことであった。なぜって?ここは2000mの高地、私なら息も絶え絶えで、そこらで倒れていることだろう。
 アベベやロバさんの活躍ぶりもうなずけるというものである。
 村人にムリを言って野性のコーヒーノキを捜しに山中へ入ってもらった。
 30分程歩いただろうか、村人の指さす方に苔むした一本の老木が生えていた。
 
 それは農園のものとは違い、葉の色は薄く実は小さかった。
 
 もっと野性味あふれるたくましい野性のコーヒーノキを期待していたのだが、違っていた。
 しかし、今から約1400年も前に、ひょっとするとまさにこの場所で世界で初めてコーヒーが発見されたのかと思うと、感慨深いものがあった。 ここから、1200年もかけてどのようにコーヒーは日本まで伝わってきたのだろうか?
 <コーヒーロードの旅の出発を祝って、まずはここジンマの珈琲で乾杯しよう...>
 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、「クイックイッ」とカップで何かを飲む仕草をしながら私に笑顔を向けて、アベベが今来た道を引き返し始めていた。 車で町へ引き返す間に、沢山の荷物を背にしたロバを追い抜いた。聞けばこのようにしてジンマの町まで獲れたコーヒーの実を運ぶのだそうである。
 ジンマの町には立派なコーヒー取引所があり、一袋ごとに立会人の前で検量される。こうして検量されたコーヒーは交易拠点のハラールへと運ばれるのである。
 
 村の農園は果てしなく広く、すべての作業が人海戦術である。そして、完全無農薬。くるぶしまで埋るような肥えた畑でみんなでのんびりと畑仕事をしている。
 神が与えてくれた自然をそのままの形で受け入れて収穫できたここのコーヒーはどんな味がするのだろうか?
 「さあ、コーヒーを飲みにレストランへいきましょう。」と、アベベ。
 
 いよいよ、原生の地でのコーヒーとご体面である。
 訪れたレストランは、アベベからレストランと聞いていなければ、それとわからないような薄ぐらい所であった。お願いして厨房を見せてもらったが、決して清潔とは言い難い所であった。そこでは主食のインジェラとコーヒーを作っていた。インジェラに関しては後で詳しく説明することとして、ここでは貴重なコーヒー体験をお話ししよう。
 エチオピア人は大変コーヒー好きである。各家庭でのコーヒータイムは、ゆっくりと時間をかけて(1時間30分程)味わうのである。
 その味わい方には決まりごとがあり、さながら日本の茶道のようである。
 昔から伝わる正式な「コーヒーセレモニー」は、次回にハラールでの体験を書くことにして、一般の家庭で毎日のように行われている、コーヒータイムの様子を紹介しよう。 エチオピアでは、コーヒーはブンナと呼ばれ、家族や近所の人を集めて儀礼的に楽しまれている。
 まずは、コーヒー豆を湯で洗い、お皿のように底の浅いフライパンで煎る。
 
 油がしみ出して、香ばしい香りを漂わせるようになると、焦がさない程度に煎って火から下ろし、冷めてから小型の臼「ムカチャ」に入れ、鉄の棒でついて粉にする。
 
 「ジャバナ」と呼ばれる土器のコーヒーポットに入れ、炭火の上に直に載せて沸騰させる。
 火から下ろして、コーヒーの粉が沈むのを待って、その粉が浮かび上がらないように茶碗に注ぐのである。
 
 茶碗は「スニ」と呼ばれる把手の無いもので、日本の湯のみ茶碗に良く似ている。
 通常はこの行為を薄ぐらい土間で、香を焚きながら行うのである。
 レストランだったので、香は焚いていなかったが、コーヒーは全く同じ方法で煎れてくれた。砂糖がたっぷり入った小さなカップに、濃厚なコーヒーが注がれて出てきた。
 カリッとした深いコクのあるコーヒーであった。こんなにも深いコーヒーは初めてであった。これを、何杯も何杯もおかわりをして飲むのである。
 
 日本茶のように、同じコーヒー豆で3度程、繰り返しコーヒーをいれるのである。
 「2番煎じ」などという概念がコーヒーにもあったとは驚きであった。
 いいコーヒー豆は全て輸出品にまわされて、ここにあるコーヒーは最低ランクの豆のはずであった。
 しかし、いままでのどのコーヒーよりもおいしいと感じた。いや、まちがいなく、おいしかった。
 忘れられない、コーヒー体験であった。
 
 さあ、ナチュラルコーヒーとの貴重な経験ができたここジンマを発って、次なる目的地はハラール。
 「ハラールへは、どうやって行けばいいの?」バスに乗り込んだ私が聞いた。 「一端アジスに帰ってから、列車か飛行機ね。ハラールはすごくきれいなとこよ!たのしみね。」とアベベ。   総出で見送ってくれた、ジンマの人々の影が小さくなっていく。さようならジンマ。そして、ありがとう。
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