第19話「ペニー大学で一講義...?」



「イギリスと聞くと珈琲というより、やっぱ紅茶だよねえ〜ラッキー?」

「う〜ん、今ではそうタカシが思ってもしょうがないか...?
 せやけど17〜18世紀のイギリスは、まさに珈琲の国といっても過言ではないほど、コーヒーハウスが沢山あったんでっせ。」

マンデリン号の窓の外を流れ行く時間の渦を見ながらラッキーが言った。

「これから17世紀の終わり頃のロンドンに向かいますけど、その前にイギリスでの最初のコーヒーハウスに関して、ちょこっと説明しておきますわ。」

そう言うとラッキーは壁に向かって映像を映し出した。

「ここは1650年のオックスフォードの聖ピーター教区です。
 この男、名前をジェイコブ(ヤコブ)言うて、レバノン生まれのユダヤ人です。
 彼がイギリスで最初のコーヒーハウス「ジェイコブの店」をこの年に開店しました。
 ジェイコブはトルコ人に仕えていたんやけど、そのトルコ人が大切にしていたコーヒーを持ってきて客にふるまったところ、珍し物好きの連中に大うけしたらしいです。
 これがイギリスでの珈琲の始まりという訳ですナ。」

「なるほどね。1554年コンスタンチノープルにカフェ・カーネスができ、1615年にイタリアはヴェネチアに伝わり、1644年にフランスはマルセイユ、そして1650年にイギリスはオックスフォードへと伝わったということだね。」

「このイギリスでの最初のコーヒーハウスができた年から英語の<coffee>というスペルが使用されるようになったとも言われてます。
そして、2年後の1652年、ロンドンに最初のコーヒーハウスがオープンします。
オーナーはトルコの貿易商人ダニエル・エドワード。使用人のギリシャ人パスクァ・ロゼに開業させました。

そしてイギリスでは次々とコーヒーハウスが乱立し、18世紀にかけてその数は2000店とも3000店とも言われるほど増えて、最盛期を迎えることとなります。

さて、そろそろ着きまっせ〜。17世紀最後のロンドンです。
適当にその辺のコーヒーハウスでオチャしましょ!
あの木製のコーヒーポットを入り口につるしてあるのがコーヒーハウスの目印でっせ。」

コーヒーハウスの喧騒

コーヒーハウスの喧騒


木造の建物で入り口はかなり狭く、3段ほどの階段があり、つまづきそうなほどである。
階段を上がると大きな部屋。
扉をあけるとそこには美しい女性が待っていた。
バー・メイドと呼ばれるこの女性に1ペニー払って部屋へ入る。
一見、古風な印象だったが、その中の喧騒ぶりには驚いた。

ワイワイ・ガヤガヤ、入ってくる人がいるかと思えば出ていく人がいる。
タバコの煙りは行き場を失ってたちこめており、コーヒーを飲みながら議論に熱中しているものもいれば、一人静かに何か書いている人もいる。
長い椅子の端には聖書が置いてあり、その脇には陶製の水さし、土製の長煙管がある。
暖炉には火が燃えており、上には大きなコーヒーポットがかかっている。
部屋を見渡せば、まるで安物のバーゲン会場かと思うほど、広告付きで色々なものが溢れている。

ともかく、すさまじいほどの混乱に見えるのだが、繁盛していることは明らかなようであった。

「空いている席があったらどこに座ってもかまへんよ。」ラッキーがそっと教えてくれた。

雰囲気に圧倒されて、じっとたたずんだままだったからだ。

「ねえラッキー。ここにはいろんな人がいるネ〜?」

「そうやね。初期のイギリスのコーヒーハウスでは身分・職業・上下貴賤の区別なく、どんな格好であっても誰でも出入りすることができましたねん。
ここに来れば、ほら、あそこの机の上にぎょうさんの雑誌や新聞が置いてあるでっしゃろ?
1ペニーでとても沢山の情報をゆっくりと得ることができ、情報交換や社交もできるとあって当時のコーヒーハウスは別名<ペニー大学>って言われたほどやった。
イギリスで急速にコーヒーハウスの数が増えた訳がこのあたりにあるのかもしれまへんな〜?」

「あそこの人は新聞を大きな声で読み上げているけど....?」

「ああ、あれは、字が読めない人達に読んで聞かせてあげているんですよ。
 庶民に親しまれたコーヒーハウスとしては、ここイギリスのコーヒーハウスが一番かもしれま せんな。

ネエ、タカシ! 繁盛ぶりを反映して今に伝わる面白い話しを、一つ教えてあげますわ。
あそこに、真鍮の箱が置いてありまっしゃろ?
そこに、書かれている文字が読めるかな?」

「ええ〜と、to insure promptness かな? 迅速をお約束する為に...っていう意味かな?」

「そうそう、ウエイターに心付けとしてここにコインを入れておけば、迅速に対応してくれる、ということやね。それほどいつも忙しく繁盛してた訳や。」

「今でいうチップみたいなものやね。これがチップの始まりだっていう単純なお話しというわけ?」

「まあ、そうなんやけど、なんか気付かへん...?」ちょっとイジワルそうにラッキーが見上げた。

「えっ?」

「to insure promptnessの頭文字をとって、T,I,P でチップ。
 つまり習慣の始まりでもあったけど、今に伝わるチップの語源にもなったというお話しやった訳や!」

「ふう〜ん。
 日本には馴染みがあまりないけど、欧米ではなくてはならないチップ制度がコーヒーハウスで生まれたなんて知ってる人は少ないよネ〜きっと?。 いいこと覚えたっと。
 ところでラッキー...? さっきから思ってたんだけど...この店男の人ばかりだね...?
 入り口にはきれいな女性がいたけど...他にはだ〜れも女の人が入ってこないよね?」

「もう気付いたんかいな...? 速いな〜! 
 そうやねん。庶民のコーヒーハウスといっても、実は女人禁制だったんだな〜これが。」

「そうやねんって、今やったら大変なことになる話しやね?
 女性軍がただじゃ〜おかないって話だよ。」

「ところが、当時のイギリスでもただじゃ〜済まなかったんだな〜これが...。
 この話しは、1674年まで行って、実際に見てみましょ。凄まじいでっせ〜!」

 

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凄まじい女性の抗議に関しては次回第20話へ。